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カスタマーレビュー
おすすめ度:
西行を読み解く
(2007-12-12)
1988年に出た単行本の文庫化。
『芸術新潮』に連載されたもの。
西行について、いろんな角度から切り込み、著者独自の見解を示してくれる。歌の解釈はどう、桜との関係は、世俗への執着はといった感じで自由に語られており、面白い。そのバッサリした物言いに、白洲正子ファンは狂喜するであろう。
ただ、どの本もそうなのだが、白洲さん独特のフィルターがかかっているのである。本書で見えるのも、白洲正子の目を通した「西行」なのであって、それはかならずしも真実の姿ではないように思う。
白洲正子のことは良く分かるが、西行について知りたい人には不向きな一冊と思う。
西行の人となりが、生き生きと立ち上がってくる
(2007-04-08)
平安時代の末に生きた西行(1118-1190)の人となりが、桜を詠んだ歌をはじめ、西行の歌を澄み切った眼差しと心で味わう著者の眼力によって、生き生きと立ち上がってくる一冊。
思い込んだらひた向きな、ほとんど命懸けとも言いたい憧れと熱情、憑かれた心をもって、桜の花の素晴らしさを歌に詠み続けた西行。謎めいているところにもまた関心を誘われる彼の生き方、その人物像に共感し、彼の歌から目をそらさずに活写していく著者の文章。心にしみてくる、味わい深い興趣。実に魅力的でしたね。
章のタイトルを書き抜いておきましょう。「空になる心」からはじまり、「重代の勇士」「あこぎの浦」「法金剛院にて」「嵯峨のあたり」「花の寺」「吉野山へ」「大峯修行」「熊野詣」「鴫立沢」「みちのくの旅」「江口の里」「町石道を往く」「高野往来」「讃岐の院」「讃岐の旅」「讃岐の庵室」「二見の浦にて」「富士の煙」を経て、終章の「虚空の如くなる心」へと至る、西行を訪ねる伝記・紀行文。西行の桜の名歌、絶唱の数々と相俟って、西行その人の生き生きとした人間味に触れ得た思いがしました。
本書に紹介されていた西行の歌のなかでは、格別、次の三つの歌に心惹かれました。
春風の花を散らすと見る夢は さめても胸のさわぐなりけり
津の国の難波の春は夢なれや 蘆の枯葉に風渡るなり
風になびく富士の煙(けぶり)の空に消えて ゆくへも知らぬわが思ひかな
interview with saigyou
(2006-10-15)
白州正子が西行の足跡をたどって書いた西行論。
西行を「数奇者」としての視線から描いていて、出家人、宗教者としてはとらえていません。そもそもはじめから白州氏は「数奇者」でなければ、興味はわかず、本書の存在自体がなかったかもしれません。
かといって、「歌論」ばかりではなく、西行に歌をよませた当時の政治背景などにも、言及しておられ、総合的にすばらしく完成度のたかい西行論になっています。
また、白州氏自身の歌を感じ取る感受性と、幅広くかつ深い理解が伺え、白州氏の「数奇者」の程度も相当のものだとおもいました。
すごく勉強になりました。西行自身はもちろんのこと、和歌に興味がある方、平安時代から鎌倉にかけての歴史に興味がある方、読んでみてください。
とても読み応えがあり、白州氏に感謝したいぐらい勉強になります。
「一句ひねりたくなる」気分になってしまいました。
和歌のこころ
(2005-02-01)
うーん、西行がこれほどの桜狂いとは、、。桜を愛し愛し抜いた西行。日本人の桜好きは西行の影響だといわれても納得。西行にとって和歌を詠むことは、お経をあげると同じであるという。なるほど、、。
仮の姿、現世(うつしよ)、平安時代の日本人は、諸行無常の理をよく知っていた。本当は空なる森羅万象が、いま目の前に芸術的にあるという事実。仏教ではこれを「真空妙有」という。
西行の和歌に込められた「空になる心」「虚空の如くなる心」は、この「真空妙有」の悟りであったことが、白洲正子氏の筆を通して浮かび上がっていた。とにかく理屈ぬきで、この本を読んでわたしは日本が大好きになった。日本は素晴らしい国だ、、歴史と伝統と現代が重層的に存在する幽玄の国なのだ、、、。
桜を植えねば
(2004-05-12)
教科書に出てくる「西行」ではなくて、身近な生きた「西行さん」と思わせる。
西行のように生きることはできないが、生きてみたいと思わせる。
数寄や美に対する求道すら感じさせる。
おすすめ度:
西行を読み解く
1988年に出た単行本の文庫化。
『芸術新潮』に連載されたもの。
西行について、いろんな角度から切り込み、著者独自の見解を示してくれる。歌の解釈はどう、桜との関係は、世俗への執着はといった感じで自由に語られており、面白い。そのバッサリした物言いに、白洲正子ファンは狂喜するであろう。
ただ、どの本もそうなのだが、白洲さん独特のフィルターがかかっているのである。本書で見えるのも、白洲正子の目を通した「西行」なのであって、それはかならずしも真実の姿ではないように思う。
白洲正子のことは良く分かるが、西行について知りたい人には不向きな一冊と思う。
西行の人となりが、生き生きと立ち上がってくる
平安時代の末に生きた西行(1118-1190)の人となりが、桜を詠んだ歌をはじめ、西行の歌を澄み切った眼差しと心で味わう著者の眼力によって、生き生きと立ち上がってくる一冊。
思い込んだらひた向きな、ほとんど命懸けとも言いたい憧れと熱情、憑かれた心をもって、桜の花の素晴らしさを歌に詠み続けた西行。謎めいているところにもまた関心を誘われる彼の生き方、その人物像に共感し、彼の歌から目をそらさずに活写していく著者の文章。心にしみてくる、味わい深い興趣。実に魅力的でしたね。
章のタイトルを書き抜いておきましょう。「空になる心」からはじまり、「重代の勇士」「あこぎの浦」「法金剛院にて」「嵯峨のあたり」「花の寺」「吉野山へ」「大峯修行」「熊野詣」「鴫立沢」「みちのくの旅」「江口の里」「町石道を往く」「高野往来」「讃岐の院」「讃岐の旅」「讃岐の庵室」「二見の浦にて」「富士の煙」を経て、終章の「虚空の如くなる心」へと至る、西行を訪ねる伝記・紀行文。西行の桜の名歌、絶唱の数々と相俟って、西行その人の生き生きとした人間味に触れ得た思いがしました。
本書に紹介されていた西行の歌のなかでは、格別、次の三つの歌に心惹かれました。
春風の花を散らすと見る夢は さめても胸のさわぐなりけり
津の国の難波の春は夢なれや 蘆の枯葉に風渡るなり
風になびく富士の煙(けぶり)の空に消えて ゆくへも知らぬわが思ひかな
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白州正子が西行の足跡をたどって書いた西行論。
西行を「数奇者」としての視線から描いていて、出家人、宗教者としてはとらえていません。そもそもはじめから白州氏は「数奇者」でなければ、興味はわかず、本書の存在自体がなかったかもしれません。
かといって、「歌論」ばかりではなく、西行に歌をよませた当時の政治背景などにも、言及しておられ、総合的にすばらしく完成度のたかい西行論になっています。
また、白州氏自身の歌を感じ取る感受性と、幅広くかつ深い理解が伺え、白州氏の「数奇者」の程度も相当のものだとおもいました。
すごく勉強になりました。西行自身はもちろんのこと、和歌に興味がある方、平安時代から鎌倉にかけての歴史に興味がある方、読んでみてください。
とても読み応えがあり、白州氏に感謝したいぐらい勉強になります。
「一句ひねりたくなる」気分になってしまいました。
和歌のこころ
うーん、西行がこれほどの桜狂いとは、、。桜を愛し愛し抜いた西行。日本人の桜好きは西行の影響だといわれても納得。西行にとって和歌を詠むことは、お経をあげると同じであるという。なるほど、、。
仮の姿、現世(うつしよ)、平安時代の日本人は、諸行無常の理をよく知っていた。本当は空なる森羅万象が、いま目の前に芸術的にあるという事実。仏教ではこれを「真空妙有」という。
西行の和歌に込められた「空になる心」「虚空の如くなる心」は、この「真空妙有」の悟りであったことが、白洲正子氏の筆を通して浮かび上がっていた。とにかく理屈ぬきで、この本を読んでわたしは日本が大好きになった。日本は素晴らしい国だ、、歴史と伝統と現代が重層的に存在する幽玄の国なのだ、、、。
桜を植えねば
教科書に出てくる「西行」ではなくて、身近な生きた「西行さん」と思わせる。
西行のように生きることはできないが、生きてみたいと思わせる。
数寄や美に対する求道すら感じさせる。
